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 本妙寺、竜田山・・・・ 

先日、樺輪さんから7月1日の「本妙寺浄化ツアー」に、
お誘いいただいたのだが、仕事と学校行事が重なって
残念??ながら行くことが出来なかった。
実は以前から本妙寺の事は良く聞いていた。
しかし、「本妙寺」の名前を聞くと拒絶反応があり、
自分の中では”行ってはいけない場所ランキング”に入っていた。
とにかくお侍さんがたくさんいることと、
”手首さん”が浮遊しているイメージがあり、
気が下がっているときに行った日にゃ~もう生きて戻れない・・・
くらいの感覚だった。
そこへ一人で行くという樺輪さん。
きっと、偏頭痛ありの、腰痛ありの・・・・
とにかくヨロヨロになって戻ってくると予想していた。

結果は樺輪さんのブログの通り、大収穫。
ヨロヨロどころか癒されて帰ってきたみたいだ。

しかし、私のなかではまだ「本妙寺」のメッセージは終わっていなかった。
その日の保護者会で隣席した方に何気なく
「どちらにお住まいですか??」と尋ねると
「花園です。本妙寺の傍です。」
内心”ひえ~~っ”である。

そして、2日に鯰。3日に蛙。
今日4日に社用で銀行へ行き、待ち時間にブックスタンドにおいてある
雑誌をランダムに選び、パラッと開くと、
『本妙寺・頓写会』の記事が!!
本妙寺の写真と『頓写会(とんしゃえ)』の説明があった。

これはもう『7月23日』に『本妙寺』に来て、参拝しろということなのでしょうか??
しかし、私と加藤清正とは縁もゆかりも無いわけで・・・・。
なぜなんだろうと、模索していると、
なぜか”ハンナ・リデル”という女性に行き着いた。
熊本では有名な女性宣教師であり、ハンセン病患者のための回春病院を設立した。
熊本に来て20年。
恥ずかしながら、”ハンナ・リデル”の名前こそ知れ、
その素晴らしい人格や偉業について私は始めて知ることになった。
今回改めて彼女についての文献を調べてみると
彼女が本妙寺でハンセン患者に出合い、自分の使命を知った時の場面は
”マザー・テレサ”がコルカタで神の声を聞き、
自分の使命を知ったときに酷似していた。
そしてその偉業はノーベル平和賞を受賞した”マザー・テレサ”に匹敵する功績だ。

彼女は英語教師として赴任してきた五高の先生たちと本妙寺へ花見に出かけたとき
美しい桜の花の下の沿道にうずくまるハンセン病患者達に衝撃を受けた。
『ここで彼らをまのあたりにしたのは、神が自分をここに連れてこられたのだ』と、
救済を思い立ったのだ。
そしてその救済は生涯にわたり、私財をなげうって、
それをわが使命と母国へ戻ることなく、生涯をハンセン病患者の為に生き抜いた。
今も熊本のハンセン患者達が眠る納骨堂で共に眠っておられる。

本妙寺、竜田山・・・・次々と行きたいところが出てくる・・・。


(ぜひ読んでいただきたい文献です!!)
―熊本時代の漱石とハンセン病―













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